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  香りのカクテルと言われるダージリンの紅茶畑を訪ねて、ヒマラヤ山麓の恐ろしいような斜面を縫って走る五台のジープ。ちょっとした冒険野郎の所業には似ていましたが、とてもお淑やかなお茶のグループには見え無かったと思います。日本へ帰ってからも、地図を拡げて見て、よくもまあ、あんな辺境の地まで、はるばる皆と出掛けたものだと感慨無量のものがありました。
 紅茶の故郷と言うよりも、茶の原産地に関する、中国の雲南やアッサムに繋がる何かの手掛かりは無いものかと期待して出掛けたのでしたが、残念ながら、古い茶の事蹟には何も巡り会えませんでした。ダージリンの茶の歴史を、イギリスの植民地という悲しい時代以前に遡って追及してみょうという姿勢は、現地の人達の間には見られませんでした。イギリス人が、茶の栽培方法をダージリンの人達に教えたとき、現地の人達は、初めてこれと同じ木が、古くからダージリンにも有ったことを知ったといいます。
 私の身の丈の三倍以上とも思われる古い茶の木が、茶畑とは関係のない、道路脇に何本か生えていました。この茶樹を見たことが成果と言えば成果ともいえるのですが、イギリス人が指導する前に、本当に彼等は茶の事はなにも知らずにいたのでしょうか。たしかにインドには、歴史的な時間を超越した、悠然とした所があって、私達のしっこい詮索は全く理解出来ないという雰囲気もありました。きっと歴史感覚そのものが異なっているに違い有りません。インドでは百年前も千年前も、それ程大きな違いが無いと言って良いのでしょう。
 しかし私などは、歴史を初めて習いだした頃、千年、二千年といった昔のことは、ほとんど現実のことには思えず、まるで物語に耳を傾けている時の様に、想像力を逞しくし、自分なりの世界を築いて楽しんでいたものです。ところが、ナーランダにある仏教大学の遺跡を訪れたとき思ったことですが、頭の中では、もっと風化しており、曖昧模糊としているはずの、はるかに遠い昔の史跡が、余りにも現実感を持って迫ってくることに、大きな驚きを感じました。
 もっとも、そこには、『西遊記』で有名な、玄奘法師の勉強をしていた部屋が残されていて、物語と、現実との間の奇妙な幻影を抱き、まるでタイムカプセルを潜ったような気持になっていたのも事実です。六四〇年頃滞在という、玄奘法師の息吹が今に伝わって来るナーランダの仏教大学は、カルカッタの市内で見た、イギリス風の幾つかの建物よりも、遥かに時代が新しいという感じがしたのは事実です。
 インドでの茶の歴史も、非常に遠い時代にまで遡れるのですが、紅茶の歴史と一つになったとき、人々は、本当にそれが何時から始まったのか、問うことを忘れてしまったのでしょう。インドに暫く居ると、そうした態度が、少しも不自然に感じないから不思議です。
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