JAPANES                             踏遍茶山(3)

 
 中国風景-1979       小 川 後 楽   
 
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    路傍で売っているコップ一杯の茶。この写真は杭州の銭江のほとり六和塔の登りロのところで撮ったものだが、こうした今様一服一銭
の図は中国各地で見受けられた。ガラスコップの上に磁器で作った蓋をかぶせて、路に舞うほこりを避けているのだが、四角に切ったガラス板が乗せられているときもある。また磁器やホーローで出来
た、横手のあるミルクカップの様なものも見かけたが、街路売りのものは、清涼感を呼ぶ意味もあってか概してガラスコップが多かっ
たように思う。
 この中国旅行は、黄河上流域で、文字通り黄砂の舞い上る乾燥地を放することが多かったせいか、街道の所々に点在する宿場街を通る
ごとに、沢山のこうした茶売り光景を見る機会が多かった。それぞれの門先に、小さなテーブルを置いて、一杯の茶が売られていた。
幼い子供が店番をしていたり、老人が番をしていたりしていた。ささやかな現金収入をもたらす副業といった感じで、もちろんその収
益は個人のものになるという話である。 清潔好きな旅行者が、この茶を飲むにはやはり多少の勇気がいるように思われた。しかし意
を決してこの茶を求めると、それこそ熱烈な歓迎を受け、民間外交としては大成功をおさめるように見受けられた。鄭州でのこと、一
行の一人が茶売りの老人に一杯の茶を求めたところ、小さな木箱の上に並んでいたコップではなく、家の奥に戻って、新しく洗浄され
たコップを持ち出し、それに茶をいっぱいに入れて差し出してくれたということである。そしてかれが代金を払おうとすると、笑顔で
さえぎり、最後までお金を受け取らなかったという。わたしたちにとっては捨銭(十四、五円)そこそこのお金だが、しかしその老人
にとっては貴重な大金であったことは間違いがない。 二度目の九月の中国旅行は、楊子江以南の茶産地を中心に廻ったのだが、街で
の茶売り風景は、前回にくらべて比較的少ない印象を受けた。竜井茶(ロンジン茶)など秀れた緑茶の産地だけに、家庭で日常に茶を
飲む機会が多く、それだけに街角から一服一銭の茶売り風景が消えているというわけなのだろうか。そういえば、杭州の街では他の都
市にくらべ茶叶店(茶菓店)を沢山見かけたように思うが、やはり各家庭での需要度が、中国の北部の街にくらべて異なるのであろう。
それだけの豊かさも、華南の各都市ではどことなく感じられた。